2009年7月14日 (火)

自民党ってこんな党だったの?

地滑り的に民主党が都議選で圧勝してしまった。 自民は負けるべくして負けてしまったと思うが、他の野党の票まで皆民主に行ってしまったのは少々残念だ。

それにしてもここに来て古賀選対委員長が辞任をし、意を同じくする参議院の二人も辞めたようだ。 一体どうなっているのかと不思議になる。 郵政民営化で自民が大勝したのは何だったのか、あの時のマニフェストは世の中がどんどん良くなるといった話ではなかったか。

麻生政権はとうとう最後まで世の中も、党の中も混乱とイライラだけを残して何も出来ず小泉元総理の代名詞のような『自民党をぶっ潰す』を本当に実行して見せてくれたのだろうか。 自民党支持者ではないが何かある時には兎に角纏まることができた党ではなかったかと思うが、それも文字通り過去の話になってしまったようだ。 これが60年間も殆ど政治の実権を握ってきたのかと今は目を覆うばかりだ。

東国原知事も師匠のたけしさんに一喝されて弁解にこれ努めているようだし、少し権力を握るとどうしてこうも人間は自惚れて我を忘れるような行動をとってしまうのか、茶番を見せられる国民はまじめに考えるほどアホらしくなる。

都議選の一人区でベテランの都議がほんの何日か前に立候補したばかりの民主の若い新人に敗れるといったこともあり、鳩山代表の顔もついほころびがちだが、総選挙でもし民主が政権をとったとしても、本当に有言実行でいかないと何年か先には逆の憂き目を見ることになると思う。

本当の意味で何が一番必要か、優先順位をはっきり付け国民に少なくとも希望を持たせて欲しい。 そして必死で国、民のことを考えている姿勢を示してくれたら大きく支持を得られると思う。 代表の献金問題もあるし身内から不祥事を出さないように、誰のために何をするために議員になったのか、そしてこの国をどういう風に導こうとしているのかはっきり示してもらわないと投票できない。

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2009年7月10日 (金)

一眼レフカメラを貰った

コンパクトカメラも十分には使いこなせていないのに、一眼レフで鳥が飛び立つ一瞬を逃さず捉えた写真や、思う存分のアップで撮ることが出来たらどんなに良いだろうと大分前に友人に言ったことがある。

それから何年か経っているがある日遠方に住んでいるその友人からいきなり型は少し古いがその一眼レフカメラが送られてきて吃驚した。 その後直ぐに電話があったが年を重ねるごとに新しいことを覚えるのは本当に大変なのだ。

説明書を読んでもよく分からないし、何しろ突然で頭が白くなり気持ちが焦ってしまった。 あちこちいじっているうちにその辺の草花を写して見たくなり、4,5枚シャッターを切った。 この辺りは小型カメラと同じかと喜んでいたら、何処を如何いじったのか自分でも分からずシャッターが切れなくなってしまった。

もう一度初めの方から説明書を読み直してみたがどうにも治らない。 これでは自分の手には負えないとカメラやに持ち込んで教えてもらった。 何故だか良く分からないが合わせる所が違っていたらしくシャッターが切れなかった由。

知識もないし、レンズの種類もいろいろあるらしいしとても使いこなせるとは思わないがとりあえずめちゃめちゃでもシャッターを押し続けてみるつもりでいる。

そんな折連日の大雨で思うに任せない。 それに腕も無いのにこの重いカメラを持ち歩くのも少々恥ずかしいし、結構体力もいる。 腰痛を抱えながら何処まで想う写真が撮れるか分からないが少し又年寄りの挑戦をしてみようかなと、急がず焦らず自分のペースで・・・。

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2009年7月 8日 (水)

東国原知事、少し焦っているみたい

何回かテレビの会見を見ていて、東国原知事の本気度は分かってきたが、政権が変わったらと言う発想は湧かなかったのだろうか。 何が何でも自民党でしか日本の政治のあり様は変えられないと思っているようだ。

そのあたりが橋下府知事と違うところのように見える。 橋下知事は民主党が自分たちの意向をマニュフェストに掲げてくれたら民主党の支持をはっきり表明するようだ。

個人的には今回の東国原知事と古賀選対委員長のやりとりでやはりここまでなりふり構わずまで来ているのかと、改めてこんな政党で霞ヶ関や族議員の沢山いる政党を変えることが出来るのかと疑問に思う。

政権が民主を柱とする野党が取ったとしても、想ったとおりの改革がそう簡単には出来るとは思わないが、兎に角今のこの何ともいえないイライラ、閉塞感というものは少しでも緩和され、そして変革の糸口がつかめるのではないかと期待している一人だ。

それが儚い夢で終わらぬように、そして少しでも今よりましになるなら静岡知事選のように投票率が上がって欲しいと願っている。

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2009年7月 1日 (水)

自民党、民主党もういい加減ごたごたは止めて欲しい

本当にニュースを見るたびにイライラする。 何でここまでもたつくのか、麻生総理(悪いが総理と呼びたくないが・・・)はブレルと言うが、ブレルと言う事は芯があってこその話でその芯が無いのではないのではなかろうかとこの頃思う。

内心は知る由も無いがコメントの度に自信たっぷりな態度で、昨日言った事と真逆のことを平気で言う。 その厚かましさと言うか神経の太さには敬意を表したくなる。 気の小さい者には羨ましくさえ写る。

それにしても東国原知事の発言から自民党は以前にもましてもめまくっている。 自民は民主に日本の政治を任せられないと言うが、この自民にも全く政治を任せられない。

さりとてここに来てやっと小沢さんの問題も沈静化してきたように思われる折、今度は党首の鳩山代表の献金問題だ。 鳩山代表が自分のお金を秘書が個人献金が少ないからとて事実と異なる人の名義で記載したそうだ。 

鳩山氏は金持ちなんだから献金なんて如何でもよいではないかと庶民は思う。 見栄を張りたかったのか、まるでお粗末。 前にも書いたが民主党は優勢に立つと必ずと言ってよいほど何かが出てくる。 これは仕組まれたことなのかどうか分からないが、それにしても何でこうなるの?と呆れるばかりだ。

東国原知事も相当の覚悟であのような発言をしたと思う。 それなりの思いがあってのことであろうがここで総務大臣とか、比例一位とか言われているが知事とは立場も権力のあり方も違うのだから汲々とした今の自民党の人気取りに利用されるのは目に見えている。

どっちにしてももう今のこの政治の体たらくを見ているのは恥ずかしく、情けなくこんな日本に誰がしたと叫びたくなり、フラストレーションがたまるばかりでいい加減にして欲しい。

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2009年6月24日 (水)

東国原知事、あっと驚く発言

真意は何処にあるのか、遠まわしに断っているのだろうと最初見たとき感じたが、後でいろいろ聞いてみると国政にかなり意欲を持っているとの事。

地方を変えるには国が変わらなければ駄目と言うのは本気なのだろう。 それにしても橋下大阪府知事が言っていたようにシャレでしょう?と思いたい。 皆が言うようにまだ1期も道半ばなのにいくら人気があると言っても少し早すぎると思う。

プライドの高そうな自民党の古賀選対委員長がよくも出馬要請に行ったものだと驚いた。 それほど自民党は窮地に立たされているのだろうか。 麻生総理だけが都議選で勝てると踏んで独り相撲し、その暁に自身の手で解散に打って出ようとしているのだろう。

ただお笑い芸人出身だからと東国原知事を下に見ている議員が目に付くが、じゃあ自分たちは今まで本気で国民目線で政策を実行してきたかと聞いてみたい。 世襲で大して努力もしない、力もない議員も沢山いるのではないか。

これからは本気で国を思い、国民の安心を守り世界的視野で考えられる人が立候補して欲しいし、我々国民も政治家の責任ばかり問うていないで自分の一票に大きな責任があるのだと分かって投票しなければならないと思う。

皇室も民間から新しい血を入れたように、いろいろ戸惑うことがあるかもしれないが政治の世界も今その時期に来ているのだと強く感じる。 兎に角淀んでどろどろ状態で自浄能力が働かない酷い有様だとため息が出る。

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2009年6月18日 (木)

臓器移植A案で可決

いたいけない子供が鼻からチューブを通している写真や姿を見たりする度に何とかならないかと思ってきた。 この子の命を救うためには移植しかないと街頭で悲痛な声を上げて寄付を呼びかけている両親や支援者の姿を何度となく見てきた。

その度に思ってきたのだが、外国の子供の臓器を貰って元気になって帰ってくるのを見れば良かったなあと思うものの、その国にも沢山の移植を待っている子供たちがいるであろうにと複雑な気持ちを抱いた来た。

日本人の死生観からすると自分の子供の臓器を脳死ということだけでなかなか提供するのは難しいことだろうと思う。 自分の子供が臓器移植を必要とすることと、提供することとは表裏一体であり、また対極にあることだと思う。 

WHOの方針の自国で賄わなければならないというのはごく当たり前のことだと思う。 今国会でこのA案で可決したと言うのはいろんな感情があるだろうが、やっとここまで日本も来たのかという感を強く持つ。

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2009年6月16日 (火)

麻生総理、これから如何する?

本当に政界は一寸先は闇とはよく言ったものだと思う。 今回の鳩山総務大臣辞任はその後の発言を含めてなかなか奥が深そうな気がする。 複雑な党内事情で盟友と言われた鳩山氏を事実上更迭したのだろうが、麻生総理は何でこう決断力がないのか優柔不断が過ぎると思う。

肝心なことは説明せず余計なことばかり口走る。 全くKYでノーテンキな総理をまだ30%も支持すると言うのも信じ難い。 

正直言って郵政改革は正しかったのかそうでなかったのか今判断できないでいるが、少なくてもかんぽの問題にしても売却云々より、このような箱物ばかり作ったところに問題があるのであって、鳩山元総務大臣の正義とやらが本当に正義なのか良く分からない。

それらをひっくるめて麻生総理のただ無駄に明るいだけが取りえのトップは情けなくなる。 ぶら下がりと言われる毎日の会見にしても、都合が悪くなるとプイと逃げてしまう態度は一国の総理には全く相応しくなく、誠意が感じられない。

所詮どういってもこの方は国民の次元には立てない人なのだとつくづく思う。 政局がらみだけでまた選挙の時機を逸するのだろうか。 マンガを見ているような気もするが、そんな暢気な事を言っている場合ではないのかも知れないが・・・。

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2009年6月11日 (木)

辻井伸行さんとピアノとご両親

辻井さんが全盲だと言うことで関心が集まっているようだが、全盲であろうとなかろうとバン・クライバーン国際ピアノコンクールは難しいと聞く。 それを20歳の若者が優勝したという事はクラシックに詳しくない者にとっても心から嬉しい。

彼がもっと若いときに作曲したと言う題は忘れてしまったが、小川のせせらぎを髣髴とさせる、情景が目に浮かんでくる曲に感動させられた。 そしてその明るさ、前向きな素直さはこれも天性なのかこのことにもすごく心を動かされる。

ご両親、特にお母さんの子供を愛する気持ちがストレートに彼に届き、その才能と相まって開花したのだろうか。

五体不満足の作者の時にも思ったが、子供を育てると言うことはどんなにか両親の考え方、物の見方が左右するものかと改めて感じさせられる。 親はなくとも子は育つとよく言うがより才能を見出し、伸ばすためには損得抜きの愛情が必要なのかもしれない。

今回の快挙は本人の努力もさることながらご両親にスタンディングオベィションだ。

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2009年6月 3日 (水)

周りの人は大体現政権を支持みたい

政治の話をすると大抵の人は不満を口にする。 しかしでは政権を交代してみてはと言うのに対しては否定的。 家が専業農家の友人も今までの農政に対してものすごく批判的だ。 さりとて政権交代するのは怖いと言う。 農政も医療も年金も、天下りも自民党が連綿として続いてきた結果でしょうと一人反論すると黙り込んでしまう。

何も革命が起きるわけではないし180度変わって天地がひっくり返るわけじゃあるまいし、一度変えてみて如何しても駄目なら選挙があるでしょうと言うが大抵は聞く耳を持たないようだ。

この頃は無駄な抵抗はせず、適当な受け答えをすることにしている。 何人かは本気でこんな総理をトップとしていることが恥ずかしいと言っている友人もいる。 彼女は年に何度も外国旅行をしている人で昔から進歩的な考えをする人だが、友人間では政治の話はしないことにしていると言う。 

民主党は代表を辞任したとはいえ小沢問題やその他の諸々のことで今一頼りないし、自民からは何処からお金を持ってくるのかはっきりしないと言われているが、予算の枠組みを変えるというのはある程度理解できる。 無駄使いを徹底的になくし、如何しても足りないものなら目的税として負担してもらうことがあるかも知れないとはっきり言ったほうがよいのではないかと思う。

一度政権交代してどの程度官僚国家から抜け出せるか真剣に取り組んで貰いたいが、身の回りは結構保守層が厚くて如何なのか予断は許さない気がする。 国もいろんな意味で進化して欲しいと思うし、こんな族議員が幅を利かせ自分たちの利権を守ろうとしていては本当に滅びていくだろうに。

それにしても会期延長でまた選挙は遠のいたようだ。 無駄に延ばしてこれも無駄使いではないかと思う。 麻生さん余程総理の座がお好きなようだ。 ブレブレ発言をしても平気の平左は居直りとしか見えないのだが。

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2009年6月 1日 (月)

お葬式って地域によって順序が違う

叔母が亡くなり、通夜と葬儀に出席したのだが車で一時間も離れていない地域なのに宗派が違うのは別にして、その式次第の順序が違うのに驚いた。

東京方面は出棺が一番最後になり涙のお別れとなるようだが、私の地域では通夜の翌日朝早く出棺し、火葬場で長いこと骨上げまで待ってお骨を葬儀場まで持ち帰り、それから告別式になる。 朝早いので何時も大変な思いをしているが、叔母の地域では出棺し火葬場でそれなりの儀式を行い、全員葬儀場に戻り告別式になる。 お骨も遺体もないところでお経を聞きお焼香をするのはなんとも変な気がした。

合理的というか時間を有効に使うと言うか、所変われば品変わると言うことかと改めて思った。 『おくりびと』 がアカデミィ賞の作品賞に輝いてから、その様子を見せてくれたと友人が言っていたが、私の兄が亡くなった時は席をはずして下さいといわれたものだ。 こんな風に世相も変わっていくのだろう。

葬儀が終わると直ぐにお斎(オトキ)と言ってお寺様と一緒に会食するが、その途中に骨上げをするため何人か火葬場に向かったのには吃驚した。 他の人達はその間でも日頃会えない人達と談笑しながら会食をしている。

遺骨が帰ってくるとその場に簡単に設えられた祭壇にお寺様がお経を上げてくれる。 会場の一同も手を合わせそしてまた会食に戻る。 これがこの地域のやり方なのかそうちょくちょく葬儀に出ているわけではないので分からないが、兎に角違うものだねと言いながら帰路に着いた。

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